エイジが目を開けると、サイバータンクの中だった。
「戻れたか……」
安堵とともに強烈な疲労感に襲われた。これほど長い時間、サイバータンクに入っていたことはなかったからだ。体の節々が痛く、頭もスッキリしない。
タンク内の全身接続分子機械溶液(FBCNL)は自動的に排出され、タンクのキャノピーは開いていた。
彼は起き上がるのに苦労した。おぼつかない足取りでバスルームに行き、シャワーを浴びて、体に付着したFBCNLを洗い流す。
部屋に戻ると、裸のままストレッチをして、体をほぐす。
「よし、なんとか行けるかな」
彼の気がかりはカオリのことだった。
カオリも戻っているはずだ。しかし、彼女は高齢だから、ぼくよりもダメージは大きいだろう。一刻も早く彼女のところにいかなくては。
エイジは服を着ると部屋を飛び出し、バイクに乗って彼女のマンションに向かった。
カオリのマンションに到着すると、エイジは彼女の部屋に残っているはずのロボットのNEO86を再起動させる。
「NEO86、動けるか?」彼は通信デバイスを通じて聞いた。
「はい、エイジ様。機能に問題はありません」
「よし。マンションに入りたい。エントランスのドアを開けてくれ」
「了解しました」
彼女の部屋からなら、オートロックを開けられる。
ドアがスライドして開くと、エレベータで13階まで上がる。
そして、彼女の部屋の前。
「NEO86、部屋のドアを開けてくれ」
「了解」
ドアのロックが外れる音がして、彼は中に入った。
彼は急いで、タンクのある部屋に向かう。
タンクのキャノピーは開いていて、リアルの彼女が寝ていた。まだ目覚めていないようだ。呼吸はしているので、少し安心した。
呼吸用フェイスマスクと排尿チューブ外して、彼女の裸身にバスタオルをかける。そして、彼はタンクの脇にしゃがんで彼女の頭をなでる。
「カオリ、起きてくれ。もうリアルに戻ってるよ」
あとでわかったことだが、カオリの部屋のセキュリティが破られたことは、誤作動として処理されていた。警備会社は、よほどのことがない限り許可なく部屋に入ることはない。事件性がないと判断されて、部屋の中を確認しなかったのだ。
彼女がVRワールドにログインしていたとは知るよしもない。プライバシーの尊重はいいことだが、ときにそれは事故の発見の遅れにもなる。トレードオフではあるが、彼がロボットを使って救助に行かなければ、彼女は死んでいたかもしれない。
「カオリ、起きる時間だよ」
彼は呼びかけを続けた。
突然、彼女は咳き込んだ。
「大丈夫かい?」
「エイジ? エイジなの?」彼女はか細い声でいった。
「ああ、ぼくだ。リアルでは初めましてだね」
「やだ、頭が朦朧としてる。これは夢なの?」
「リアルだよ。ぼくらは戻れたんだ」
彼女は自分が裸であることを思いだした。タンクには裸で入るのだから。
「バスタオルをかけてくれたのね」
「ああ」
「裸、見たでしょ?」
「見た」
「エッチ」
彼女は微笑んだ。彼も苦笑いした。
それは生きて戻れたことの喜びの笑いでもあった。
のちに融合爆発と呼ばれることになるVRワールドの大災害は、VRブレーク・ダウンとして報じられた。
災害発生時にログインしていたユーザー数は推計1000万におよび、99.99%は強制ログアウトされた。強制ログアウトは脳にダメージが発生する可能性があり、危険をともなう。多くの人が昏睡状態に陥り、意識を取り戻すのに月日がかかった。意識が戻っても、障害が残るケースも多かった。
融合するVRワールドに取り残された1000人あまりのうち、自力で脱出できたのはわずかだった。家族がいて、ログイン中のユーザーに点滴を打てた人は幸運だったが、脱出できなかった者は肉体の脱水症状から死に至った。
犠牲者は357人。そのほとんどが一人暮らしの人たちだった。
大惨事を経て、多くの批判を浴びたが、VRワールドが廃れることはなかった。それはもはやなくてはならないものになっていたのだ。かつて、自動車が交通事故の多発で毎年数万人が亡くなっても、廃れることがなかったのと同じだ。
事故が起きた場合の安全策を考えればいい。
VRワールドはサイバーユニバースとなり、サイバータンクには二重、三重の安全装置が施された。
フュージョン・バーストが落ち着いて、サイバーユニバースに再びログインできるようになったのは、6か月後だった。
その間に、サイバーユニバースは大変貌し、独自の進化を遂げていた。それは電子の世界に出現した宇宙そのものだった。人がコントロールできることは限られ、ログインする人間がサイバーユニバースに適応するしかなかった。
エイジとカオリは、再開を待ちわびていた。
現実世界で会うことはできるが、老齢の彼女は自由に動き回ることはできなかった。サイバーユニバースであれば、彼女は自由になれたし、年齢を忘れることができた。
ふたりはアバターでのデートを重ねていた。
カオリの90歳の誕生日に、エイジはパーティをしようと提案したが、彼女は断った。
「もうハッピーバースデイの歳じゃないのよ。棺桶に半分入ってるんだから」
「最近は老化医療も進んでるから、平均寿命が初めて100歳を超えてるんだ。まだまだ長生きできるよ」彼はいった。
昔、「人生100年時代」というキャッチコピーがあったが、それがほんとうに実現するのに70年かかったわけだ。
カオリはアバターでのリハビリ効果もあって、リアルの肉体でも歩けるようになっていた。アバターで体を動かすことは、リアルの肉体でも神経回路や筋肉への刺激になり、リハビリ効果が得られるのだ。
「散歩、行こうか? 川辺の公園まで」彼は提案した。
「そうね。天気もよさそうだし」彼女は答えた。
エイジは老人の彼女の手を取り、彼女のペースに合わせてゆっくりと散歩をする。
「アバターの方がよかったんじゃない? こんなおばあちゃんとじゃなくて」彼女はいった。
「今日は、リアルの君と過ごしたかったんだ。君の誕生日だからね」
「これじゃ、まるで親子ね」彼女は自虐的にいった。
「そうじゃないよ。恋人同士だ」彼はいった。
「また、そんな冗談を」彼女は小さく笑った。
「アバターではそうだろ?」
「だって、アバターはお互いに若いから」
「歳の問題じゃないよ」
公園に着くと、ふたりは並んでベンチに座った。
やさしい風が気持ちいい。
「疲れたかい?」彼は気遣う。
「ちょっとね。でも大丈夫」
「さっきの話の続きだけど、ぼくは君を恋人だと思ってる。カオリのことを愛してるんだ」
「わたしもエイジのことは好きよ。でも、それはアバターの私としてなの。よぼよぼのおばあちゃんは恋なんかしないのよ」
「歳のことは忘れよう。ぼくを見て。リアルのぼくを愛してくれてる?」
ふたりは見つめあう。
彼女の目は少し潤んでいた。
「ええ、愛してるわ。でも、わたしをよく見て。もうこんなおばあちゃんなの。あなたの彼女になれるのは、アバターの若い頃の私なのよ」
「違うよ、カオリ。ぼくはリアルの君も愛してるんだ」
「あなたの気持ちはうれしいけど、私にどうしてほしいの? アバターでデートするだけではだめなの?」
彼はベンチから立ち上がると、彼女の前の地面に片膝を着いた。
「カオリ、結婚しよう」彼はいった。
「なにバカなこといってるの。結婚なんてする歳じゃないわ」
「歳は関係ないっていっただろ。ぼくは本気だ」
「そんなの無理よ。わたしはおばあちゃんなの。あなたと50歳差よ」
「正確には45歳差だけど、歳の差なんかどうでもいい」
「あなただって若い娘がいいでしょ? アバターの私くらいの歳の娘」
「否定はしないけど、ぼくは君と結婚したい。若い娘は君のアバターで十分だよ。ぼくだって中年のオッサンだからね。現実の若い娘とは結婚できないさ」
「私は90歳になったのよ。あと何年も生きられない」
「いつ死ぬかなんて、誰にもわからない。ぼくだって明日、事故で死ぬかもしれない。ほんとうの余命はわからないんだよ」
「えっと……ええっと、セックスもできないのよ」彼女は照れながらいった。
「それについては、アバターにメイクラヴオプションを付ければ、アバターでできるんだ。ただ、ぼくも試したことはないけど」
「そうなの?」彼女は目を丸くした。
「今度、試してみようか? 結婚する気になった?」彼はニヤニヤと笑った。
彼女は首を振った。
「子供は欲しくないの? 私とでは子供作れないわよ」
「君が望むなら、iPS卵子を作って、人工子宮を使えば、君とぼくの子供は作れるよ」
「その子が成人するまで、私は生きてないわ。それでは子供がかわいそう」
「先のことはわからないけど、精一杯生きるしかないんじゃないかな。君が死んだとしても、ぼくが責任を持って育てるよ」
「私の方が先に死ぬから、あなたを悲しませることになる」
「残りの人生をぼくと一緒に過ごそうよ」
彼女は涙を流していた。
「ほかにだめな理由はあるかい?」エイジは聞いた。
カオリは泣きながら頭を振った。
「ほんとうに、わたしでいいの?」
「カオリ、もう一度いう」
「エイジ……」
「結婚しよう」
彼女は小さくため息をつく。
「……はい」
When Eiji opened his eyes, he was in a cyber tank.
” I’ m back. ……”
With a sense of relief, he felt an intense fatigue. He had never been in a cyber tank for so long. Every part of my body ached and my head was not clear.
The Full Body Connection Nanomachine Liquid (FBCNL) in the tank was automatically drained and the canopy of the tank was open.
He struggled to get up. With sluggish steps, he went to the bathroom and took a shower to wash off the FBCNL from his body.
When he returned to his room, he stretched his naked body to loosen it up.
“Okay, I think I can work something out.
His concern was for Kaori.
Kaori should be back. But she was very old, so the damage would be worse than mine. I have to get to her as soon as possible.
After putting on his clothes, he ran out of the room and got on his motorcycle and headed for her apartment.
Upon arriving at Kaori’s apartment, Agee rebooted NEO86, the robot that was supposed to be left in her room.
“NEO86, can you move?” He asked through his communication device.
“Yes, Master Age. It’s functioning perfectly.”
“Good. I want to enter the apartment. Open the entrance door, please.”
“Yes, sir.”
From her room, I can open the auto-lock.
The door slides open, and I take the elevator up to the 13th floor.
Then, in front of her room.
“NEO 86, open the door to her room.”
“Copy that.”
He heard the door unlock, and he went inside.
He hurried to the room with the tank.
The canopy of the tank was open and she was asleep. It seemed she hadn’t woken up yet. She was still breathing, which was a bit of a relief.
He removed the breathing face mask and urine tube, and draped a bath towel over her naked body. Then he squatted down beside the tank and patted her head.
“Kaori, wake up, please. I’m already back to real life.”
We later found out that the breach of security in Kaori’s room had been treated as a malfunction. The security company would not enter a room without permission unless there was a serious problem. It was deemed that there was no incident and they did not check the room.
They had no way of knowing that she had logged into the VR world. Respect for privacy is a good thing, but sometimes it delays the discovery of an accident. It was a trade-off, but if he had not used the robot to rescue her, she might have died.
“Kaori, it’s time to get up.”
He continued to call out.
Suddenly, she coughed.
“Are you okay?”
“Eiji? Is that you?” She said in a faint voice.
“It’s me. It’s nice to meet you in real life.”
“Oh, my head is foggy. Is this a dream?”
“It’s real. We’re back together.”
She reminded herself that she was naked, because she had to go into the tank naked.
“You put a bath towel on me.”
“Yeah.”
“Did you see me naked?”
“I did.”
“You’re so lewd.”
She smiled. He chuckled, too.
It was a laugh of joy that he was alive again.
The catastrophe in the VR world, which would later be called the Fusion Burst, was reported as the VR Breakdown.
An estimated 10 million users were logged in at the time of the disaster, and 99.99% were forced to log out. Forced logouts are dangerous because of the possibility of brain damage. Many people fell into comas and it took months to regain consciousness. Even after regaining consciousness, many were left with disabilities.
Of the 1000 or so people left behind in the merging VR world, only a few were able to escape on their own. Those who were lucky enough to have family members who were able to give IVs to the logged-in users, but those who could not escape died from physical dehydration.
There were 357 victims. Most of them were people who lived alone.
After the catastrophe, the VR world received a lot of criticism, but it never went out of style. It has become indispensable, just as automobiles have never gone out of use even though tens of thousands of people die every year due to frequent traffic accidents.
Just think of the safety measures that can be taken in the event of an accident.
The VR world has become a cyber-universe, and cyber tanks have been equipped with double and triple safety devices.
It wasn’t until six months later that the Fusion Burst settled down and I was able to log back into the Cyber-Universe.
In the meantime, the cyber-universe had undergone a massive transformation and had evolved in its own unique way. It was a universe itself that had emerged in the electronic world. There was only so much that people could control, and the people who logged in had to adapt to the cyber-universe.
Eiji and Kaori were eagerly awaiting their reunion.
They could meet in the real world, but in her old age she could not move around freely. In the cyber-universe, she could be free and forget her age.
They continued their go out in Avatar.
On Kaori’s 90th birthday, Agee suggested having a party, but she refused.
“I’m not old enough for happy birthdays anymore. I’m half in a coffin.”
“The average life expectancy is over one hundred years for the first time, so you can still live a long life.”
It took seventy years for the catchphrase “100 years of life” to become a reality.
Kaori was able to walk in her real body, thanks to her rehabilitation in Avatar. Moving her body in Avatar also stimulated her neural pathways and muscles in her real body, which had a rehabilitative effect.
“Let’s go for a walk, to the park by the river,” he suggested.
“Yes. The weather looks nice,” she answered.
Eiji took the old woman’s hand and strolled slowly at her pace.
“Wouldn’t it have been better with an avatar? Not with this old woman,” she said.
“I wanted to spend today with you in real life, It’s your birthday, you know.”
“We’re like mother and son,” she said self-deprecatingly.
“No, it’s not. We’re lovers,” he said.
“There you go again with that joke,” she said with a small laugh.
“Isn’t that what you do in Avatar?”
“Because we’re both so young in Avatar.”
“It’s not a problem of age.”
When we arrived at the park, we sat down on a bench side by side.
The gentle breeze felt good.
“Are you tired?” He was concerned.
“A little. But I’m fine.”
“To continue our conversation, I consider you to be my lover. I’m in love with Kaori.”
“I love you, too, but only as an avatar, not as a wizened old woman in love.”
“Let’s forget about the age. Look at me. Do you love the real me?”
They look at each other.
Her eyes were a little moist.
“Yes, I love you. But look at me. I’m already such a grandmother. The only person who can be your girlfriend is the young me in your avatar.”
“No, Kaori, I love you in real life too.”
“I’m glad you love me, but what do you want from me? Can’t we just date in Avatar?”
He got up from the bench and dropped to one knee on the ground in front of her.
“Let’s get married, Kaori,” he said.
“What are you talking about? You’re not old enough to get married.”
“I told you, age doesn’t matter. I’m serious.”
“You can’t do that. I’m a grandmother. I’m 50 years older than you.”
“45 to be exact, but I don’t care.”
“You want a young girl, don’t you? A girl my age in Avatar.”
“I’m not denying it, but I want to marry you. Your avatar is enough for a young girl. I’m a middle-aged man. I can’t marry a young girl in real life.”
“I’m 90 years old and I don’t have many years left.”
“No one knows when they will die. I could die in an accident tomorrow. You don’t know how long you have.”
“Umm…… Well, you can’t have sex,” she said, embarrassed.
“You can do that with your avatar if you put the make love option on it. But I’ve never tried it myself.”
“Really? She rolled her eyes.
“Why don’t we try it out sometime? Are you ready to get married?” He smirked.
She shake her head.
“Don’t you want to have children? You can’t have kids with me.”
“If you want, I can make iPS eggs and use an artificial womb to have a child with you and me.”
“I won’t be alive when the child comes of age, and I feel sorry for the child.”
“I don’t know what the future holds, but I guess I’ll just have to live as long as I can. Even if you die, I’ll be responsible for your upbringing.”
“I’ll die first, and then I’ll grieve for you.”
“You can spend the rest of your life with me.”
She had tears in her eyes.
“Is there any other reason why we shouldn’t?” Eiji asked.
Kaori shook her head in tears.
“Are you sure you want to do this?”
“Kaori. I’ll say it again.”
“Eiji ……”
“Let’s get married.”
She lets out a small sigh.
“Yes, I do.”